こんにちは、育児と仕事と家事のトリプルワークの疲れで
子どもの寝かしつけで一緒に寝てしまうおふとんです。
朝すっきり起きれちゃって悲しい。記事が書けない。

タイトルに携帯電話大全と書いたのですが、「大全」って「たいぜん」て読むこと知ってました?
私はずっと「だいぜん」と読んでいて今回変換することで初めて知ったのです。
ちなみに「傘下」ってなんて読むか知ってますか?

さんかですって。

私はこれずっと「かさした」って読んでたのを夫が指摘してくれたんです。
傘下っていう単語を使う話題ってけっこう真剣な話をしていることが多いと思うんですよ。
で、真剣な話をしながら私が「かさした」って言っているのをみんなどう思いながら聞いてたんだろなあーって
過去のみんなに問いたい。考えるだけで恥ずかしい。
なんで指摘してくれなかったんだろう。
「…そういう風に読むこともあるのかな?」みたいな感じで流されたんですかね。
自分の読み方に自信がないから?
てゆーかみんなもかさしたって読んでた?

まくらさん
まくらさん

オフティーヌ、もう本題に入らない?あと世の中のみんなは「さんか」って読んでるわよ。「かさした」って読んでるのはあなただけよ

おふとん
おふとん

久しぶりに文章書くからテンアゲしてるのー!テンアゲってもう死語?

まくらさん
まくらさん

たぶんもう死語よ。軽く調べても2012年に流行してる言葉っぽい単語よ

おふとん
おふとん

そういえばこれは流行語ではないけど、夫は「とりま」って言うとめっちゃ怒る。ちゃらちゃらしててすごいイラってするらしいよ

まくらさん
まくらさん

ねえ、本題に入りましょうよ。ちなみに役に立たない記事のくせに少々長いので、暇で困ってる時に読んでね。ありがと

ガラケーという素晴らしいガジェット

みなさんガラケーって知っていますか?
スマートフォンの前の携帯電話のことです。

ガラケーの初めの頃は3000色表示!みたいなのにえらく感動したのですよ。
着信音も単音だけだったのが和音で鳴るようになったり、
なんだったら音符をポチポチして自分でメロディーを作ったりして、
スマホよりもずいぶん個性が発揮できるガジェットでした。

私が初めて携帯電話を持ったのは中学生の時で、PHSという番号が070で始まる電話を使っていました。
当時は画面も白黒で、できることは天気予報を見ることとメッセージが送れることぐらいでした。
おもしろい機能としては待ち受け画面を作ることができたので、ピクロスみたいにポチポチ作っていました。楽しい時代だった。

PHSが普及し始めている時は大人もまだみんな持っていないような印象で、学校のクラスでも持っている人は私含めて2人しかいなかったんですよ。
ちなみにもう一人は仲の良い男の子で、数年後に付き合うことになります。
が、この話をするともう電話の話ができなくなるのでやめます。話したい。やめます。話したい…やめます。

高校生になってからは周りの子たちがぞくぞくと携帯電話を持つようになります。
まさに一瞬の出来事!しかも突然画面が白黒からカラーになるんです。
テレビが白黒からカラーになった時のお茶の間の興奮ときっと同じだったと思います。めっちゃ興奮しました。しかも写真が撮れる!やべー!

その頃から毎年のように色々な携帯電話が出てきまして、どんどんいろんなことができるようになります。
そこには選ぶ楽しみといものがありまして、私は一年ごとにうっきうきしながら機種変していました。
スマホとは違い外観と中身が全く変わるのでワクワクは格別。
買った店から家までの帰路を走っちゃう感じ。
もう早く家に帰って中身を自分色に染めたい。楽しみすぎて手足が震えてくる…!
新しいゲームを買った時の帰路と同じですね。喜びが脳から溢れてくる!叫びたい!

おふとん
おふとん

今この瞬間の世界は私のもの!幸せの絶頂である!

スマホが普及してからこの感じ、ないなあー。
とにかく携帯電話ってすごかったんですよ!

わたしの携帯電話大全

さて、ここから私の携帯電話を自慢してゆこうと思います。
1、2個紛失してしまっていて全てを自慢できないのが残念。

初めての携帯電話はドコモの「N503i」という折り畳み式の超人気携帯でした。
なんと約4000色を表示できる!4桁に驚きを隠せなかった。

au初のカメラ搭載携帯「A3012CA」!

2002年 機種名:「A3012CA」

全然覚えていないけど26000色を表示できたらしい。1年足らずで5桁に突入。
このスピード感は今考えても興奮しますねー。

元が何色か確認できないぐらいマニキュアで塗っております。
液晶下にはプリクラ。

この頃の私は「バロック」というヴィジュアル系バンドが大好きな、いわゆるバンギャと呼ばれる生き物でした。
ちなみにバロックはヴィジュアル界の「オサレ系」というジャンルの先駆者と言われています。
当時の彼らの勢いは凄まじくて、初ライブのくせに数百人を動員したといわれる伝説のバンドですw

折り畳み式(通称パカパカ)っていいですよねー。
パカパカは画面も汚れないし小さくなるし、スマホでも採用すればいいのになあ。

ヴィヴィアンウエストウッド携帯「A5304T」

2003年「A5304T」東芝ですね

アンテナが愛しい!かわいい!
今回は黒のマニキュアで塗装しています。
ヴィヴィアンウエストウッドのロゴは白ポスカで描きました。
260000色表示!1年で6桁に突入!着うたなるものが出たのもこの頃です。

そういえば携帯電話はいろんな会社から販売されてましたよね。
このガラケーのように東芝、SANYOやらSONY、京セラ、HITACHI。日本企業がめちゃめちゃがんばっていました

白ポスカで描いたヴィヴィアンはバンギャにとっては憧れのブランドでしてね、バイト代をつぎ込んだものです。
ライブで身に着けると優越感なのです。まさにブランドですね。

ヴィヴィアンを象徴する商品は何点かあるのですが、
この指輪はバンギャにとっては代表的なものなのかなと思います。

いやー今でも美しいフォルムですな!
当時の私は毎日のように着けていました。
なんでそんな人気だったかって、麺(バンドのメンバーのことを麺と言っていました。今も?)がよく身に着けてたんですよ。
だからバンギャも身に着けるという構造です。
漫画のNANAも着けてますね。NANAの復活、気長に待っています。

高校生では買えない金額のものがなぜ私の手元にあったかと言いますと、
郵便局で一緒に働いていたイケイケおじさん(公務員のくせに髪染めてたりしてた。ファンキー!)が、
「もう使ってないから」とくれたからなのです。

パケット定額サービス導入後の携帯「W11H」

2003年 「W11H」

この携帯はよく覚えていますよ。
だってパケット代定額サービスが始まった時に買った携帯だからです!
知らない人も多いと思いますが、携帯電話の初期は通信代が定額じゃなかったのです。

あとSDカードを入れることもできる優れた携帯だったんですが、
SDカードを入れる場所を含めるととにかくでかい。なんだかめっちゃ太くモッサリになるので、好きになることなく機種変しました。

デザイン携帯はチャレンジ精神のあらわれ「talby」

2004年 「talby」

2003年頃からauがデザイン携帯というものを出し始めたのですが、
これが本当にすごかった!
持っているだけで楽しくてハイになっちゃうやばいデザインばっかりで、
auっておちゃめな会社なんだなあと子供ながらに関心してました。

デザイン携帯は公式でまとめて見れるので是非。革新的だったんだから!
au Design project 15th Anniversary 2002-2017

使い勝手はどうだったか忘れてしまった。

おふとん
おふとん

auがユニークでチャレンジ精神旺盛な会社だってこと、これからも忘れない。好き

使い倒したスライド式携帯たち「W31S・W52S」

左から2005年 「W31S」、2007年 「W52S」

同じようなもんなので一緒に紹介しちゃう。

スライド式携帯というものですね。
通常はキーボードが隠れていて、親指で上にスライドすると
キーボードが出てくるやつです。これは使いやすかったですねえ。

キーボードが若干小さい印象がありますが、各々が鋭く突起していて押しやすさにも考慮されていました。
さらにソニー製品はでっかい音で音楽を聴くことができたところも評価が高いポイントです。

W52Sにいたってはウォークマンの名を継承していました。

おふとん
おふとん

あれ…若い人はもはや「ウォークマン」も知らないか…。なんということだ…

電光掲示板の光が搭載された、最も愛した携帯「neon」

2006年 「neon」

デザイン携帯の一つですね。
個性的なフォルムが多いガラケー界の中でも、ひときわ輝いていた携帯です。
今見ても愛しい気持ちになります。

おふとん
おふとん

至高の一品。また使いたい

大きな特徴の一つがディスプレイの背面に浮かび上がるネオン!品名もneon!
メールや電話が来た時や、携帯をパカパカした時にネオンが浮かび上がるんです。
犬とかお花のネオン!!!
もうね、すごいよ…かわいすぎたよ。

見づらくてすまん。
この携帯、元は水色で真四角なんだけど、表面の水色塗装は全てやすりでけずりつつ黒いマニキュア塗ってるんだわ。

カラーによって手触りが違うこだわり携帯「media skin」

2007年 「media skin」

この機種もデザイン携帯の一つです。大好き。
今までおちゃめなデザインが多かったプロジェクトですが、
この機種だけすごく硬派なデザイン。

ブラック・オレンジ・ホワイトの3色から選べたのですが、ブラックだけ素材が違うんですよ。
手触りが皮製品のようにしっとりしていて、静かな佇まいで超イケメンボディでした。惚れる。

持っている人を見かけることは一度もなかった圧倒的なミニ!携帯「Xmini」

2008年 「Xmini」

いくらなんでもちっちゃすぎー!!!この小ささはこれからもお目にかかることはないでしょうよ。
だってボタン押すのギリギリだったよ。
でもね、しびれるよね。いいの、もう使い勝手なんていいんだよ。

まくらさん
まくらさん

いいの?

これがガラケー最後の機種だったと思います。
この後はiPhoneに移行してつまらない時代の突入です。

終わりに

いかがでしたでしょうか。
こうやって振り返ってみると、改めてガラケー時代に生きることができてよかったあ。
特にneonなんて毎日ほおずりするぐらい気に入ってましたよ。

あなたが愛したガラケーはなんですか?

ガラケー時代あるある その1

まだメールが主流だったころ、メールアドレスをどうしても
heaven@ezweb.ne.jp」にしたくてですね、
毎日のようにこのアドレスが空いていないか確認していました。

めでたく願いが叶ったはいいものの、なんせ「天国」なのでね、
毎日のようにお悩み相談や「今から死にます」系のメールが来るようになりまして、
たまに適当に返信したり真剣に励ましたりたりしながら超楽しい日々を送っていました。

ガラケー時代あるある その2

ガラケー(スマホもそうでしたかね)はメールを受信するボックスを複数持つことができて、
このボックスは「友達」このボックスは「家族」みたいに名前をつけることができたんですよ。
そのボックスにメールアドレスを設定すると、勝手に振り分けしてくれたのです。

で、バロックが大好きなバンギャ全盛期だった頃の受信ボックスはこんなでした。

おわり

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